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体は健康に、心は喜びに満ちる…。お釈迦様の呼吸法、その真髄とは。 前回、呼吸や身体に意識を集中する目的は「何も考えない」ためだというお話をしました。また、以前には「何も考えない」でいることがとても難しいこともお話しました。今回は、あらためて「何も考えない」とはどういうことかお話したいと思います。私達はしばしば、過去のいやなことを思い出して、くよくよと落ち込んでしまうことがあります。過去の失敗や、恥ずかしかった事などを思い出して自分を貶めた結果、自信を失ったり、自己嫌悪に陥ったりします。これを妄想と言います。しかし、これ(妄想)は意味のないことです。過去の出来事に捉われて、大切な現在の自分を否定して、心や身体を疲れさせてしまうのは、決して良い生き方とは言えません。もちろん、「そんなことはわかっている」つもりでも、過去を思い出さずにはいられないのが人というものです。
また反省は大事ですが、いやなことや恥ずかしい失敗を思い出して反省するのは実はとても難しいのです。失敗の原因を多角的、合理的に分析しようとしても、つい「自分をごまかしているのではないか。全部自分が悪いのではないか」という自己批判の心や、自分への不安が強力に働いて、合理的な反省にはならず、結局は自信喪失に陥ってしまうのです。ちなみに反省というのは失敗の後、なるべく時間を置かず、冷静さを取り戻したらすぐにするべきものであって、後からくよくよ考える事ではありません。ウィキペディアによれば妄想とは「非合理的かつ訂正不能な思いこみ」とありますが、簡単に言ってしまえばいやな思いのことです。思い出さなければ、引き出さなければ妄想は自然に消えてしまいます。しかし、一度考えてしまうと妄想は膨らむばかりです。つまり、考えたら負けなのです。「何も考えない」というのは、つまり「いやなことは思い出さない」ということです。そして、考えそうなときは心を別のところに向けるのが一番です。何かを思い出さずにいられなくなったり、何かを悩まずにいられなくなったりしたら、すぐに身念処、つまり心の眼を身体に向けて実況中継を実行してください。もちろん、そのとき呼吸はゆっくりとかすかに行うことも忘れずに。すると次第に心が収まり、気持ちが穏やかになり、いつしか心配事も消えてしまうことでしょう。昭和を代表する名僧であり、日本最大の禅寺妙心寺の管長であった山田無文老師は、「よいことも悪いことも、すべて思わないようにしましょう」とおっしゃっていたそうです。二回にわたって、心の持ち様のお話をしました。呼吸法と何が関係あるのか、効果があるのかと思う方も多いでしょう。しかし、調身=姿勢を正すこと、調息=呼吸を正すことと併せて、調心=心を正すことによって、真の呼吸法となるのです。そして、身体の健康だけでなく、心の安定を得ることで、喜びに満ちた生き方をすることこそお釈迦様の教えなのです。次回は、お釈迦様の教えの中から生活に役立つ幾つかをご紹介して呼吸法の最終回としたいと思います。(辻 康則)