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原題は「THE GIVING TREE」、直訳すると「与える木」です。その名のとおり、これはまさに無償の愛を与える木の物語です。 この木はりんごの木です。そしてこの木にはかわいいぼうやの友達がいます。二人はとてもなかよしでいつも一緒でした。ぼうやは木が大好き。木もぼうやが大好きで、だから木はとてもしあわせでした。しかしヒトは成長するものです。ぼうやはいつしか大人となり、恋人もできて木に会いに来なくなります。ひさしぶりにぼうやが会いに来た時、木はとてもうれしくて枝をふるわせて喜びます。「さあ、ぼうや。むかしのように一緒に遊ぼう。」その木にむかってぼうやが言います。「ぼくはもう大人になったんだ。一緒になんか遊ばない。それよりもぼくはお金が欲しい。」木はこたえます。「それなら、私の実をとって売ったらいい。」りんごの実をすべてとるとぼうやは立ち去ります。このあと、文章は「きはうれしかった」と続きます。「きは それで うれしかった」と。それ以後、ぼうやはあらわれるたびに木に要求し、木はそれに応えます。そのたびに「きは それで うれしかった」と続くのです。ついに木は、ただの切り株になってしまいます。そのとき作者ははじめて「きは それで うれしかった・・・ だけど それは ほんとかな。」と問いかけます。
これは無償の愛の物語です。しかし無償の愛とは何でしょう?与えることとは何でしょう?木は本当に幸せだったのでしょうか?木がぼうやにしたことはぼうやのためになったのでしょうか?「無償の愛」と「盲目の愛」の違いは何でしょう?読む人の多くが、際限なく要求するぼうやの姿に人間のエゴをみて憤りを感じるでしょうが、それはすべてぼうやの責任でしょうか・・・。「THE GIVING TREE」は、「寛大な木」とも訳せます。すなわち大きな心の「木」と「ぼうや」とは、豊かな恵みを与えてくれる「自然」とそれを奪うだけの「人間」の対比ともとれるのです。読むたびに何かしら考えさせられる本です。
物語の最後に老人になったぼうやが木の前にやってきます。私は、本を読んで泣くことは滅多に無いのですが、このラストの一言には涙がこぼれて止まりませんでした。いま、こうして書きながらも当時の感情がよみがえってきて目頭が熱くなって困ります。良い絵本がすべてそうであるように、この本も子どもだけでなく大人にこそ読んでほしい一冊です。贈り物にしても最高に素敵なプレゼントになります。(小田切聖之介)作・絵: シェル・シルヴァスタイン訳: ほんだ きんいちろう出版社: 篠崎書林 税込価格: \1,162(本体価格:\1,107)発行日: 1976年ISBN: 9784784101481